Kengonの書きたいブログ

狸小路商店街最重要思想家 兼スノーボーダー

感謝

今日もブログが書きたくて仕方がない。

 

我々の幸せを阻害する、原因の一つとして「馴化」がある。

 

ある刺激がくり返し提示されることによって、その刺激に対する反応が徐徐に見られなくなっていく現象だ。つまりは慣れだ。

慣れてしまうことによって、当初は新鮮味を感じられたことについても、いつしかそれが当たり前になってしまい、何も感じなくなってしまう。喜びもなくなってしまう。

だが、この馴化という仕組みがないと、極端に言えば、日常生活における物事すべてに、いちいち術べに感動してしまうことになってしまうので、生活がままならなくなってしまう。

必要なしくみではあるのだが、我々の幸せを奪っているのは事実だ。

 

そこで、この馴化に対抗できる手段がある。それが感謝だ。

日本語では「ありがとう」、漢字で書くと「有難う」だ。

これは「有り難いこと」、つまり、「滅多に無い」こと、「レアなこと」だ。

 

有り触れた、慣れるべきことではなく、レアなことなのですよ~、と自己暗示にかける行為なのだ。相手へ、自分がされて嬉しかったという気持ちを伝える、と同時に。なんと合理的な行為なのだろうか。

 

これは、レアなことである、と自己暗示をかけて、馴化を食い止めることで、幸せな気持ちを享受し、相手をも幸せな気分にさせる。それが感謝という行為だ。

 

英語の「thank you」 には、そのような二面性はないだろう。

日本語の「有難う」という言葉が感謝の言葉となっていることについて、先人に対して畏怖を感じる程である。

 

お礼の言葉として、「ありがとう」と発するときには、「有難う」と、

漢字表記を頭の中で意識して、使用されることをオススメする次第である。