今日もブログが書きたくて仕方がない。
手ぶらを突き詰めたい。毎日それを考えている。持ち物の最適解を毎日考えている。iPad miniを持ち歩くかどうかを毎日考えている気がする。これについてはいまだに結論がでない。
iPhoneと充電バッテリーはマストだと思っている。後はキーボード。文章を打つのにiPhoneのフリック入力だとかなり体力を消耗する。目を画面に近づけて、指を動かすのは結構地味に体力を消耗するのである。画面から目を離して、キーボードで文字入力することは、心地良い。そう考えると折り畳みキーボードは常備したいと考えている。かといって、そんなに大量に文字入力をする必要性は今の私には無いのだが。だが、私はよくKindle読書をする。フリックでのページ捲りも地味に体力を奪う。キーボードを手元において、矢印キーでページを捲ると読書が捗るのである。そうも考えるとやはり、キーボードの携帯は外せない。
iPad miniだ。これはKindle読書が捗る。タイトルによっては、iPhoneの画面サイズでは通読に耐えない文字レイアウトの書籍も存在する。そう考えると常備したいのだが、いかんせん重い。ズボンのポケットに入れるものの、確実にその重さがズボンをズリ下げる。そして体力を容赦無く奪う。フットワークを重くする。うーむ。悩ましい。
先日の台湾旅行には持っていかなかった。振り返ってみると、iPad miniをもってくればよかったと思う場面は一度もなかった。そう、無かった。やはり必要無いのか。執着してるだけなのか。確実に執着していると言える。必要であると思いたい。
改めて考えるに、iPad miniとiPhone Proの中間である、大型iPhone、つまりはiPhone Pro MAXを持ち歩けばよいのではなかろうか。そこに終着するのではなかろうかと。さすれば、若干画面が大きくなることで読書も捗り、管理もデバイス一台に集約出来る。次回のiPhone乗り換えはPro MAXでいってみようとおもう。これも思考実験だ。イマイチならproに戻せばいい。だが、Pro MAXに執着が生まれ、買い替えは困難なのだろうなぁ、と思うのである。
iPhone、iPad miniの常備問題に、こんなにも、地味に、つらつらと長い文章を私は書いている。相当、脳のメモリリソースと限りある時間を奪われているという事実を明らめる必要がある。これを永遠のテーマ、にしてはいけない。